香港005東九龍 〜「路上のざわめき」たずねて

https://www.google.com/maps/d/embed?mid=1BEcoo_o-9Rnvu9kYuwJSzO9FBvQ&ehbc=2E312F

かつて魔窟と恐れられた縦型スラムの九龍城砦があった「九龍城」、ご利益が高く香港で一番の参詣者を集める道教寺院の「黄大仙」、そして香港カーブを描きながら航空機が着陸したカイタック空港跡地の「カイタック」。東九龍には超高層ビル群の林立する国際金融都市香港とは、異なる顔をもった街の姿があります。九龍城には宋代(960〜1279年)より塩の生産管理を行なう官富場がおかれていたことから、このエリアの歴史は都市香港よりも古く、モンゴルの元軍から都を追われた南宋最後の皇帝が足跡を残した場所でもあります。法律や税がなく麻薬や賭博の温床であった九龍城砦や、世界で一番着陸が難しいと言われたカイタック空港は、20世紀後半、とり壊されて記憶の一部となり、東九龍には大きな空白地ができました。そしてその空白と記憶を埋めるように九龍城砦は九龍寨城公園として生まれ変わり、現在、九龍城は有名料理店の集まる美食街となっています。またカイタック空港跡地はスポーツパークとして香港の新たな見どころとして注目されています。大きな変貌をとげている東九龍を、紅磡や觀塘もあわせて紹介します。かんたんな図版、地図計37点収録。

ペーパーバック B6判、448P

[モノクロ版]978-4-8214-0055-3、978-4-86143-536-2 C0326 ¥4,125(税込)

[カラー版]978-4-8214-0005-8 C0326 ¥5,643(税込)

[電子書籍版]¥2640(税込)

香港004尖沙咀 〜うごめく「光と群集」のなかへ

https://www.google.com/maps/d/embed?mid=1WV4SJ5gWgJ72bW6VpyEUlqH2JSQ&ehbc=2E312F

きらびやかなネオンと妖艶な光、さまざまな国籍や背景をもった人が交錯し、夜遅くまで人の営みが絶えることのない香港尖沙咀(チムサアチョイ)。香港島から見て、ビクトリア港の対岸にあたる九龍半島の開発は1860年にはじまりました。水上居民たちからの信仰を集めた香港でもっとも由緒正しい天后廟、またそこへ続く廟街(男人街)の走る油麻地(ヤウマティ)、そしてあふれるほどの人で通りが埋めつくされる通菜街(女人街)や個性的なマーケットの集まる旺角(モンコック)が位置し、ネイザン・ロードが九龍南北を結んでいます。これらの街は青空市場から、ナイトマーケットの露店、茶餐庁、路上屋台の味まで、香港のイメージを体現していると言えます。そして尖沙咀のウォーターフロントでは、ビクトリア港を舞台に開かれるシンフォニー・オブ・ライツが香港の夜を彩り、訪れる者を魅了しています。熱狂と興奮が、毎夜、波のように押しよせ、「不夜城(眠らない街)」にたとえられる尖沙咀、また油麻地、旺角の魅力を、豊富な図版とともに案内します。かんたんな図版、地図計34点収録。

ペーパーバック B6判、500P

[モノクロ版]978-4-8214-0054-6、978-4-86143-535-5 C0326 ¥4180(税込)

[カラー版]978-4-8214-0004-1 C0326 ¥6,325(税込)

[電子書籍版] ¥2640(税込)

香港003灣仔 〜路面電車と「百年唐樓」

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古くからの港町として知られてきた湾仔、香港屈指のショッピング・エリアの銅鑼湾。香港市街東部のこれらの街は、中環とは異なるもうひとつの香港の歩みを体現してきた街だと言えます。戦乱や動乱があるたびに香港に人口が流入して中国人街が形成され、彼らは唐楼と呼ばれる集合住宅に暮らしました。1920年代の唐楼ブルーハウス、アーケードの騎楼、角が90度を下まわる街角楼といった建築、そして昔ながらのにぎわいを今に伝える湾仔街市や太原街、1997年の香港返還式典が行なわれたビクトリア・ハーバーに面する香港会議展覧中心。それらはそれぞれの時代の香港、そして湾仔の姿を映し出していると言えます。一方で、銅鑼湾は1841年以来、ジャーディン・マセソン商会の拠点となったところで、現在でも毎日正午に祝砲(怡和午砲)が銅鑼湾からビクトリア・ハーバーに向かって放たれています。そして銅鑼湾には大型ショッピングモールが集まり、高級ブランド、消費、富裕層といった言葉でも語られてきました。湾仔、銅鑼湾といった香港の主要な街をはじめ、香港人を熱狂させる競馬が開催されるハッピーバレー、舞火龍で知られる大坑や香港以前の足跡を残す天后を紹介します。かんたんな図版、地図計33点収録。

ペーパーバック B6判、380P

[モノクロ版] ISBN978-4-8214-0053-9、978-4-86143-534-8 C0326 ¥3,960 (税込)

[カラー版] ISBN978-4-8214-0003-4 C0326 ¥、¥4,873 (税込)

[電子書籍版/audioGuide版]¥2,640 (税込)

香港002中環 〜めぐりめぐる「東風と西風」(EAST MEETS WEST)

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スターフェリーが港を行きかい、ビクトリア・ピークを背景に超高層ビルが摩天楼を描く光景は、香港を象徴する景観として知られてきました。スターフェリーが発着し、高層ビルの集まるこの場所こそ、1841年の香港開埠以来、政治、文化、金融などで、香港の中心となってきた中環(セントラル)です。中環の歩みは埋め立てと高層化の歩みであったと言え、香港トラムが走り、超高層ビルの足元に広東料理の屋台や市場がある、というこの街独特の性格がつくられていきました。一方、中環に隣接して、香港黎明期の面影を残す街が上環(ションワン)です。上環には南北行と呼ばれる中国商人が拠点を構え、文武廟や廣福義祠といった古い寺院、海鮮の潮州料理店や、海産物や漢方薬を売る海味街などが残っています。こうしたなかミッドレベルズ・エスカレーターが1993年に開通すると、中環と上環を結ぶ荷李活道を中心に、カフェやギャラリー、ショップが次々と開店し、街角にはストリートアートが次々と描かれていきした。石づくりの欧風建築、超高層ビル、金融、グルメ、アートといったさまざまものがひとつの場所にあり、人のエネルギーと洗練、雑踏にあふれた中環、上環、山頂、金鐘を案内します。かんたんな図版、地図計40点収録。

ペーパーバック B6判、500P

[モノクロ版] ISBN978-4-8214-0052-2、978-4-86143-533-1 C0326 ¥4,180(税込)

[カラー版] ISBN978-4-8214-0002-7 C0326 ¥6,325 (税込)

[電子書籍版/audioGuide版]¥2,640 (税込)

ナスカ地上絵の「発見」(下)/ポール・コソック

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1941年6月22日、ペルーの古代灌漑水路を調査する過程で、ポール・コソックはナスカの地上絵を「発見」した。コソックの旅はペルー海岸地帯の渓谷群からアンデス高地にもおよび、ペルー最高峰ワスカラン山を望むカエホン・デ・ワイラス、皇帝アタワルパがピサロに殺害されたインカ帝国終焉の地カハマルカ、まばゆいばかりの黄金で知られるシカン王朝のランバイエケ渓谷へといたった。

この一連の旅のなかでポール・コソックは、ナスカの地上絵を「発見」しただけでなく、ナスカの線が冬至線に重なること、一般には知られていなかったランバイエケ渓谷などの海岸地帯の渓谷を踏査したこと、円形劇場をもつ神聖都市カラル=スペを「発見」したことなど、古代ペルーの新たな一面を明らかにしていった。

ポール・コソックはペルーからの帰途、メキシコのチチェン・イッツァやホンジュラスのコパンなどマヤ文明の遺跡に立ち寄った。ペルーの巨大な日干しレンガのピラミッドとは異なる石組みのピラミッド。やがてミシシッピ川河口のニューオーリンズに着いたポール・コソックは、カホキア墳丘群(ミシシッピ文化)を築いた古代のマウンドビルダーとアメリカの古代文明に想いを馳せる。「私たちはどこから来たのか?」。思索をめぐらせながら、ニューヨークに戻ったポール・コソックはこの書物『ナスカ地上絵の「発見」(Life, Land, and Water in Ancient Peru)』を記しはじめた。

※本書は、1965年に発刊された『Life, Land, and Water in Ancient Peru』(Paul Kosok/Long Island University Press)を『ナスカ地上絵の「発見」』として翻訳出版したもの。また本書上巻のなかの章『ナスカに刻まれた「謎の徴」』は『The Mysterious Marking of Nazca』(By PAUL KOSOK with the collaboration of MARIA REICHE/Natural History)のポール・コソック執筆箇所を翻訳した。

【下巻収録部分】
Section D THE NORTHERN ZONE OF THE CHIMÚ EMPIRE チムー王国北方領土
Chapter12/王朝と文化の十字路 〜ヘケテペケ渓谷
Chapter13/アンデスの同盟者 〜カハマルカ
Chapter14/砂漠に水路を求めて 〜パンパ・デ・サーニャ
Chapter15/つながる環 〜サーニャ渓谷
Chapter16/統一と多様と 〜ランバイエケ-レチェ-モトゥペ渓谷群

Section E THE SOUTHERN ZONE OF THE CHIMÚ EMPIRE チムー王国南方領土
Chapter17/孤立した小さな渓谷 〜ヴィルー渓谷とチャオ渓谷
Chapter18/可能性を秘めた巨人 〜サンタ渓谷
Chapter19/サンタ川上流をめぐる 〜カエホン・デ・ワイラス
Chapter20/モチェ文化、南の果て 〜ネペニャ渓谷
Chapter21/謎の遺跡(チャンキーヨの天文考古学遺産群) 〜カスマ渓谷

Section F THE SOUTHERN EXTENSIONS OF THE CHIMÚ EMPIRE チムー王国南方外地
Chapter22/南の知られざる遺跡(神聖都市カラル=スペ) 〜パティビルカ渓谷、スペ渓谷
Chapter23/付記しておくべき他の遺産 〜ワウラ渓谷、そしてその南

Section G THE RETURN HOME 帰還
Chapter24/ペルー、最後の日々
Chapter25/はじまりの時を懐って

【ポール・コソック(1896―1959)】
「ナスカの地上絵」の発見者にあげられるアメリカ人学者、ロングアイランド大学教授。その業績は、科学、ペルーの灌漑から音楽まで、幅広い分野におよぶ。1941年、コソックはペルーの灌漑水路の調査を行なう過程で、ナスカ・ラインズのなかに、ナスカ文化の土器に描かれた動物に似た地上絵があることを「発見」した。そのきっかけとなった6月22日は冬至の日であり、太陽がナスカの「線」上に沈んでいくところを見て、「ナスカの地上絵は、世界最大の天文書である」と唱えた。

ポール・コソック(著)/「アジア城市(まち)案内」制作委員会(訳)

ペーパーバック 四六判、450P
[印刷版] ISBN978-4-8214-9032-5、978-4-86143-531-7 C0026 ¥3,960 (税込)
[電子書籍版]¥1,980 (税込)